静かに始まった朗読劇が終わりに近づく頃には、劇場中が“成瀬あかり”という存在の熱量に包まれていた。声だけで描き出される青春の日々、感情のうねり、そして何より「この世界を信じる力」のようなものが、観客一人ひとりの心を確かに揺さぶった。
原作、宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』(新潮文庫刊)は、2023年の刊行以来、「こんな主人公に会ったことがない」と多くの読者を驚かせ、共感させ、笑わせてきた。滋賀・大津を舞台に、「自分が決めたことは必ずやり遂げる」女子高生・成瀬あかりの突き抜けた行動力と、周囲を巻き込んでいく姿が描かれている。文学的な評価はもちろん、読者の口コミを中心に人気が拡がり、本屋大賞をはじめとする数々の賞を受賞。続編『成瀬は信じた道をいく』と合わせて、シリーズ累計150万部を超える社会現象的な作品となった。
その物語が、朗読劇というかたちでステージに立ち上がる。しかも、人気実力派声優たちによる日替わりキャスト制という、毎公演ごとに異なる表情を楽しめる贅沢な構成。本日上演した回では、成瀬あかり役を岩田陽葵が、島崎みゆき役を紡木吏佐が、西浦航一郎役を梅田修一朗が担当した。
岩田陽葵演じる成瀬あかりというキャラクターは、一見突飛で常識外れにも映るが、岩田の演技はその芯にある「まっすぐさ」や「孤独」といった繊細な感情まで丁寧にすくい上げていた。特に印象的だったのは、感情を爆発させるようなシーンではなく、日常会話の中ににじむ決意や、他人とのズレを恐れずに貫く言葉の“強さ”を、極めて自然なトーンで表現していた点だ。朗読劇という制限された形式の中でも、彼女の声には圧倒的な熱量と説得力が宿り、成瀬の「島崎、わたしはお笑いの頂点を目指そうと思う」という一見突飛な宣言に、観客が自然と心を寄せてしまう力があった。岩田の舞台やメディアミックス作品で培われた芝居の芯の強さ、明るさの中に垣間見える繊細な感情表現が、成瀬の多面性を鮮やかに浮かび上がらせていた。
島崎みゆきを演じた紡木吏佐は、成瀬あかりという“異質な親友”を傍で見守る存在として、非常にバランスの取れた演技を披露していた。紡木の演じる島崎は、成瀬の突飛な行動に驚きつつも、それを否定せず受け入れていく包容力を持ち、観客にとっての“共感の窓口”となっていた。彼女の声には自然な親しみやすさと柔らかさがあり、それが島崎の等身大の魅力と重なって、物語のリアリティを支えていた。感情の起伏を大げさにせず、あくまで抑えたトーンで見せる演技には、舞台全体を落ち着かせるような安心感がある。紡木吏佐は、成瀬という強烈な個性を受け止める“もう一人の主人公”として、島崎の繊細な人間性を的確に体現し、舞台の深みを一層引き出していた。
本作において、岩田陽葵(成瀬あかり役)と紡木吏佐(島崎みゆき役)の掛け合いは、物語の感動やリアリティを支える重要な要素であり、特に“漫才”のような軽快なやり取りは、本作の大きな魅力のひとつとなっていた。
成瀬と島崎の関係性は、いわば「ボケとツッコミ」のような構造に近い。岩田演じる成瀬は、自分のやりたいことには一直線で、常識にとらわれない言動を繰り返す。その突飛な発言や行動に、紡木演じる島崎が即座に冷静かつ的確なツッコミを入れる――このやり取りが、朗読劇でありながらもまるで本物の漫才コンビのようなテンポ感と絶妙な“間”で展開され、観客をたびたび笑いに包んだ。
また、ただの笑いに終わらないのもこの掛け合いの特徴だ。成瀬の無茶ぶりを受け止めながらも、島崎自身も少しずつ影響を受けて変わっていく。その成長の過程が、ふたりの会話やツッコミの“温度の変化”として滲み出ており、笑いの中にじんわりとした感動が同居していた。声優としての技術はもちろん、舞台経験豊富な二人だからこそ出せる空気感、即興的にすら思える間合いの取り方、そして何より“掛け合いを楽しんでいる”ことが伝わってくる演技は、観客にとっても非常に心地よく、作品全体の魅力を底上げするものだった。
まさに、成瀬と島崎は「天下を取りにいく漫才コンビ」のような存在だったと言っても過言ではない。岩田陽葵と紡木吏佐のコンビネーションは、物語に笑いと温もり、そして深い絆を与えていた。
梅田修一朗が演じる西浦航一郎は、物語の中で最も“普通”に近い存在でありながら、その“普通さ”に誠実な深みを与えた演技が光った。成瀬あかりの強烈な個性に衝撃を受けながらも、自身の心と葛藤し、やがて彼女のまっすぐさに感化されていく――その揺れ動く感情を、梅田は声の細やかな表現で丁寧に描き出していた。成瀬との関わりの中で、徐々に言葉のトーンや間の取り方に変化が生まれ、成瀬の想いに触れた西浦が、彼女の“信じる力”を受け入れていく過程が、決して誇張されることなくリアルに伝わってきた。派手なセリフや感情の爆発がなくとも、内側からにじみ出る“まなざし”のような声の芝居に、静かな余韻があった。舞台全体の空気をそっと支えるような西浦というキャラクターに、梅田は誠実で確かな輪郭を与えていた。
本作における岩田陽葵(成瀬あかり役)と梅田修一朗(西浦航一郎役)のシーンは、物語の中で特に印象的な瞬間のひとつだった。
成瀬の明るく突き抜けた性格と、西浦の穏やかでやや慎重な態度が対比をなしているため、二人の掛け合いには自然と緊張感と温かみが同居していた。岩田のエネルギッシュなセリフ回しが西浦の冷静なツッコミやリアクションにぶつかり合うことで、リアルな高校生同士のやり取りのような臨場感が生まれていた。
特に、成瀬が「二百歳まで生きようと思っている」と語るシーンでは、岩田の熱量と決意の強さがひしひしと伝わり、それに対し梅田は戸惑いながらも徐々に彼女の真剣さを受け入れていく様子を繊細に表現。二人の声が重なり合い、時にぶつかり合いながらも、相互理解へと向かうプロセスが観客の胸を打った。
朗読劇ならではの声だけのやり取りでありながら、声のトーン、間合い、呼吸のタイミングが絶妙で、まるで目の前で二人が息づいているかのような錯覚を覚えた。岩田の明るさと梅田の優しく見守る姿勢が織りなすこのシーンは、作品全体のテーマである「友情と成長」の象徴として強く心に残るものとなっていた。
本作の演出を手がけたのは、演出家・野坂実。リアリズムと会話劇に定評がある彼の演出は、「声だけで世界を立ち上げる」という朗読劇の特性と絶妙にマッチしていた。野坂はこれまでもシンプルな空間演出で深い人間ドラマを紡ぐ手腕を評価されており、本作でもその力量が随所に発揮されている。セリフの間、呼吸の流れ、登場人物同士の距離感――それらすべてが「リアルな高校生たちの青春」として舞台上に存在していた。
また、朗読劇のために書き下ろされたオリジナル音楽も、本作の世界観を大きく支えていた。場面ごとの空気を繊細に彩る音楽は、野坂の演出と調和し、言葉と音が一体となった“情景”を立ち上げていた。特に成瀬あかりというキャラクターの“浮き立つような個性”を強調しつつも、物語全体を包む静かな温度感や空気の揺らぎを丁寧に演出していた点も印象的だ。
キャストごとの解釈の違いにも柔軟に対応し、それぞれの回にしか生まれない“化学反応”を引き出した点からも、演出家としての高い信頼と感性がうかがえる。
友情の温度、成長の痛みと喜び、弱さを抱えながらも前に進む人の姿——これらすべてが、言葉と声と静かな舞台装置によって“生きたドラマ”としてそこにあった。岩田・紡木・梅田の三人と、野坂実演出の手によって作り上げられたこのステージは、多くの観客の心に長く残るものとなったに違いない。終演後の劇場ロビーには、そんなふうに「ちょっとだけ勇気をもらった顔」がたくさんあった。
終演後のアフタートークでは、岩田陽葵・紡木吏佐・梅田修一朗の三人は、本公演の感想、役への思い、演出について等を語った。
岩田陽葵は、「原作に強い人物像があるからこそ、自分の声で演じることに不安があった」と正直な心境を語った。そして客席に向かって「皆さん、不安じゃなかったですか?」と問いかけると、客席から大きな拍手が沸き起こり、その反応に思わず笑顔を見せた。観客の拍手が、彼女の挑戦がしっかりと届いていたことを証明していた。
紡木吏佐は、「今回の朗読劇は3公演ともキャストが違っていて、それぞれに違う解釈があって、観るたびに新しい発見がある舞台になっている」と語った。「成瀬という存在に対する向き合い方も毎回違って、そこがこの作品の面白さでもある」と続け、日替わりキャスト制ならではの魅力を客席に伝えた。作品の深さと広がりを、声の表現で体感できることの喜びが、言葉の端々から伝わってきた。
梅田修一朗は、「これまで比較的しっかりした役柄を演じることが多かったので、今回のように揺れ動く、どこか頼りなさもある高校生の役はあまり演じた事がなく、チャレンジだった」と語った。西浦の戸惑いや迷いを声だけで表現する難しさを感じつつも、「新しい一面を見せられたら」との想いで取り組んだことを明かし、客席からも温かい拍手が送られた。
三人とも、野坂演出の許容する即興の余地や、演技の呼吸を取ることの重要性を口にし、「同じ台本でも日ごとに異なる空気が生まれるのが朗読劇の醍醐味だ」と話していた。充実感あふれる3名の出演者とともに作品を振り返りながらも、大いにトークが弾んだ。
■公演概要
公演名:朗読劇『成瀬は天下を取りにいく』
公演日:2025年9月13日(土)~15 日(月・祝)
9月13日(土) 昼の部:開演 14:30、夜の部:開演 18:30
9月14日(日) 昼の部:開演 14:30、夜の部:開演 18:30
9月15日(月・祝) 昼の部:開演 13:00、夜の部:開演 17:00
※開場は、開演の 30 分前を予定しております。
会場:草月ホール(東京都港区赤坂 7-2-21 草月会館地下 1 階)
原作:宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』(新潮文庫刊)
演出:野坂実
脚本:土城温美
主催・製作:松竹株式会社
後援:日本テレビ放送網株式会社
出演:
9月13日(土) 岩田陽葵/紡木吏佐/梅田修一朗 他
9月14日 (日) 安済知佳/諏訪ななか/今井文也 他
9月15日(月・祝) 若山詩音/青木陽菜/石谷春貴 他
原作の宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』(新潮文庫刊)は、2023年のデビュー作にして、第21回「本屋大賞」をはじめとする多数の賞を受賞。 2024年1月刊行の2作目『成瀬は信じた道をいく』と併せて、シリーズ累計150万部を突破する大ヒットを記録している。そんな大人気作の『成瀬は天下を取りにいく』の世界観が、朗読劇としてあなたの目の前に広がる。本公演の演出は野坂実、脚本は土城温美が担当。演出の野坂実は “ノサカラボ”の代表を務めており、リアルな人間ドラマを描くことで高い評価を得ている。あの魅力的なキャラクターたちが、豪華声優陣の演技によって、まるでそこに存在するかのようにリアルに息づき、観客の心に飛び込んでくるでしょう。
“我が道を行く”圧倒的ヒロイン・成瀬と、そんな彼女をそばで見守る心優しき島崎。対照的なふたりが織りなす物語は、観る人の心を巻き込み、きっと明日を少しだけ前向きにしてくれるはず。 エネルギーに満ちたこのタッグが届ける“圧倒的青春”をお楽しみに!
■ストーリー
2020年、中2の夏休みの始まりに、幼馴染の成瀬がまた変なことを言い出した。コロナ禍に閉店を控える西武大津店に毎日通い、中継に映るというのだが……。M-1に挑戦したかと思えば、自身の髪で長期実験に取り組み、市民憲章は暗記して全うする。今日も全力で我が道を突き進む成瀬あかりから、きっと誰もが目を離せない。
■チケット情報
チケット料金:全席指定 SS席:11,000円(税込)、S席:9,900円(税込)
A席:8,800円(税込)、B席:6,600 円(税込)
先行(抽選)チケット
2025年7月29日(火)18:00 より抽選受付開始
一般(先着)チケット
2025 年 8月23日(土)12:00より先着販売中
イープラス https://eplus.jp/naruten_rodoku/
アニメイト https://www.animate-onlineshop.jp/pn/pd/3172984/
■公演公式 HP・公式 X
・公式 HP:https://plan.shochiku.co.jp/naruseakari_roudoku/
・公式 X(旧 Twitter): https://x.com/naruse_roudoku
©宮島未奈/ざしきわらし/新潮社
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